二条駅の東口を出ると、千本通という大通りがございます。
千本通沿いに南に歩くと一つ目の信号のある交差点が三条会商店街の西側入口です!
京都の東西を結ぶ三条通の中で、南北の通りである千本通~堀川通の区間、約800メートルに及ぶ西日本最大級のアーケード商店街です。
商店街は5つのブロックに分かれ、西から共栄会、サービス会、商盛会、京極会、御供会、橋西会となります。
大型スーパーや京都でも有名な焼肉店の本店さん、テレビでも紹介されて行列のできるお店など、全242店舗が営業する
活気溢れる商店街となっております。
地元民に愛される昔ながらの歴史ある商店街ですが、そのレトロな雰囲気から、三条会商店街周辺に住みたい!という
マニアも増えてきているのですよ。
加えて、宿泊施設の増加やハロウィンや七夕など季節ごとのイベントもあり、観光客の方も増え、連日多くのお客様で賑わってます。
また、商店街周辺には二条城・神泉苑・二条陣屋・武信稲荷神社などがあり、商店街の中には祇園祭発祥の八坂神社又旅社もあり散策ルートにも適しております。
★教育環境★
中京区には全国的にも有名な
御所南小学校や市民に人気の高い高倉小学校、
更に二条駅エリアは洛中小学校、朱雀第一小学校、朱雀第二小学校、朱雀第六小学校、
円町駅エリアには朱雀第四小学校、朱雀第八小学校、
大宮~西院エリアに朱雀第七小学校、朱雀第三小学校と10の公立小学校がございます。
特に御所南小学校は県外からも入学希望者が殺到して入学のために校区内に住民票を移す方も多数、
一時期プレハブの建物で授業が行われる程の人気となりました。
平成7年開校の比較的新しい学校ですが、少子化で小中学校の統廃合が進む中、当初662名だった児童は平成29年度で1252名にまで膨れ上がったとの事。それを受けて、京都市内では26年ぶりとなる新たな小学校新設の事態にまで至りました。
人気の理由は独自の教育方針と、公立ながら小中一貫教育を行う事です。
御所南小学校→御池中学校の一貫教育の後、同じく中京区になる人気の公立高校である
堀川高校→京都大学の国公立でのエリートコースが一種のブランド化されました。
前述の生徒増加で新設された学校は御所東小学校ですが、せっかくなら御所南小学校に入学させたい!という親御さんのお声は良く耳にします。
今後はどうなって行くのでしょうか。。
★二条城★
二条城は1603年(慶長8年)、江戸幕府初代将軍徳川家康が、
天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするため築城したもの。
3代将軍家光の時代、後水尾天皇行幸のために城内は大規模な改修が行われ、二の丸御殿にも狩野探幽の障壁画などが数多く加えられました。
1867年(慶応3年)には15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で「大政奉還」の意思を表明~有名過ぎるお話ですね。
1994年(平成6年)、ユネスコ世界遺産に登録。
京都の観光地の中でも屈指の人気を誇っております。
近年では金魚鉢と二条城のコラボイベント等も行われ人気を博してます。
★二條陣屋★
二条陣屋は二条城の南側(御池通り大宮下る)にあり、江戸時代後期の豪商の屋敷として工夫をめぐらした意匠とお客様の安全を図るための防衛建築です。
代々伝わる小川家の住宅であり住民家では全国で2番目に国の重要文化財に指定されています。その意匠は知恵に富み建築は実に巧妙で一見の価値があります。
注)二條陣屋は個人所有の住宅です。今でも住宅として使用している部分があり、見学は家人または専用ボランティアの案内により行います。
ご案内は通常1日に4回行います。閉館日は毎週水曜日(祝日を除く)及び12月28日から1月3日です。(予約制)
電話番号 075-841-0972 受付時間10:00~17:00
〒604-8316 京都市中京区三坊大宮町137番地 二條陣屋
★武信稲荷神社★
龍馬とおりょう
武信稲荷神社は貞観元年(859年)に創祀されて以来千百年を経て現在に至ります。その長い間には様々な話が伝わっています。そのうちの一つが江戸時代末期の坂本龍馬とおりょうの逸話です。神社の南には江戸時代、幕末直轄の六角獄舎という牢獄があり、幕末勤王の志士が多数収容されていた。その中に、坂本龍馬の妻おりょうの父である楢崎将作が勤王家の医師であったため捕らえられていた。おりょうは父の身を案じ龍馬と共に何度か訪れるが、当時女性が牢獄へ面会できることもなく龍馬自身も狙われる身であり面会はかなわない。その為、神社の大木の上から様子を探ったという。その後命を狙われ追われる龍馬は身を隠し二人は離れることになる。おりょうは龍馬の身を案じ行方を捜していた。そんなおり二人で何度も訪れた武信稲荷神社の榎をふと思い出し訪れた。するとそこには龍馬独特の字で「龍」の字が彫ってあったという。自分は今も生きている。そして京都にいるのだ。そういう龍馬からの伝言であった。龍馬が京都にいることを知ったおりょうは二人の共通の知人を訪ね、それにより二人は再び出会えたという。龍馬とおりょうの出会いに関しては諸説ある。また英雄坂本龍馬を題材にした小説などももっとも有名は司馬遼太郎氏「竜馬がゆく」をはじめたくさんあり、その中での二人の出会いもさまざまである。龍馬とおりょうの出会いは父楢崎将作の死後という説もあり、将作は安政の大獄により六角獄舎に投獄されそのまま獄中で病死している。将作の死後に一家が生活に困りおりょうは一家を養うため旅館で働くようになりそのころ龍馬と出会ったというものである。一方、龍馬研究家であり幕末の歴史研究家の方は、将作は勤王の志士を厚く支援しており、柳馬場三条にあった屋敷には勤王の志士が絶えず出入りしていたという。龍馬もそんな将作と親交ができ、その長女であるおりょうと出会った。と結論つける。この大木に伝わる逸話と一致する。この話に登場する御神木の榎は樹齢約850年。その生命力から健康長寿の信仰が厚い。また榎は「縁の木(えんのき)」とも読まれ、御神木の榎に宿る弁財天を祀る末社の「宮姫社」は縁結び、恋愛の神としても知られる。毎日その力をいただきたいと木の幹に手をあてる参拝者も多い。龍馬とおりょうもそんな縁結びの力を授かった二人である。
命名・姓名判断
姓名判断とは、名前(姓、名)の字画数、発音、陰陽からその吉凶、良し悪しを判断することです。どうしても字画数や発音で人の運勢が判断できるのか疑問に思われることでしょう。宮司自身も迷信であると考え、それを証明しようと研究をはじめたのですが、姓名判断は決して迷信ではなく統計的に実証される事実であるという結論に達しました。現在の姓名判断の大多数は明治から昭和初期にかけて熊崎建翁氏が世に広められた、熊崎式姓名判断が元になっていります。現在ではたくさんの鑑定家の方々がおられ、いくつかの鑑定方法がありますので、同じ名前を鑑定しても字画数のとらえかたなどにより違う結果が出るといったことも若干あります。ただ根本は同じものですので今後、数十年・百年と経るうちに良きものだけが継承され、発展していくことと思います。
巫女体験
本物の巫女と同じ白衣、緋袴に着替えて、巫女の御奉仕体験をして頂けます。巫女は神様の御近くで御奉仕をします。巫女体験では神様のすぐ近くの凛とした空気感に触れ、巫女の所作を学んでいただきます。最後はお清めをして神前で正式参拝します。所作作法を学ぶと自然と背筋がのびて、神様の側でお時間をすごすと日常の生活でたまった心の疲れも癒されていることでしょう。体験を通し心が清らかになり、浄化されたような清々しい気持ちになった自分に出会ってください。心のデトックスをどうざ体験してください。本職の巫女がご指導致します。
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